ラッツ&スター(RATS & STAR)は、日本の音楽シーンに強烈なインパクトを残したバンドです。かつて「シャネルズ(CHANELS、後にSHANELS)」として活動し、1983年に現在のグループ名に改称しました。ドゥーワップやソウルミュージックを取り入れた彼らのスタイルは、日本の音楽界に新たな風を吹き込みました。

バンドの特徴と音楽スタイル
ラッツ&スターの最大の特徴は、4人のボーカリストが顔を黒く塗り、ブラックミュージックの雰囲気を強調したパフォーマンスにありました。ドゥーワップ、ソウル、そして日本の歌謡曲を融合させた独自のサウンドは、多くのファンを魅了しました。演奏メンバーを含めると、最大10人という大所帯で活動していたことも特徴的です。
メンバー構成
主要メンバー
• 鈴木雅之(リードボーカル):グループのリーダーであり、1986年以降はソロアーティストとしても成功。
• 田代まさし(テナーボーカル):タレント活動も並行して行い、ユーモアあふれるキャラクターで人気を博す。
• 佐藤善雄(バスボーカル):ゴスペラーズのプロデュースも手掛け、音楽業界で活躍。
• 久保木博之(トップテナーボーカル):バンドのハーモニーを支える重要な存在。
その他のメンバー
• 桑野信義(トランペット・ボーカル):トランペット奏者としても一流で、タレント活動でもおなじみ。
• 出雲亮一(ギター・ボーカル):バンドのギターサウンドを担当し、音楽スクール講師としても活動。
• 新保清孝(ドラムス・ボーカル):リズムを支えたドラマー。
旧メンバー
• 高橋進(ベース)、山崎廣明(キーボード)、須川泰男(ギター)などが在籍していたが、途中で脱退。

バンドの歴史
シャネルズ時代の結成と初期活動
ラッツ&スターの前身であるシャネルズは、1975年に鈴木雅之を中心に結成されました。彼らは当初、アメリカのオールディーズバンド「シャ・ナ・ナ」やドゥーワップグループ「ザ・チャンネルズ」に影響を受け、カバーを中心に活動していました。
1977年には、ヤマハ主催のアマチュアバンドコンテスト『EastWest’77』に出場し、決勝大会に進出。ここにはサザンオールスターズやカシオペアも参加しており、後のプロデビューの足掛かりとなりました。
黒塗りスタイルの誕生
シャネルズが「黒塗り」のスタイルを採用したのは、より強烈な印象を残すためでした。メンバーの田代まさしが、1966年の映画『三匹の狸』で小沢昭一が演じた黒塗りの詐欺師に着想を得て、このスタイルを提案。こうして、顔を黒く塗り、派手なタキシード姿でドゥーワップを歌う独自のパフォーマンスが誕生しました。

デビューと大ブレイク
1980年2月、シャネルズはシングル「ランナウェイ」でデビュー。この曲はミリオンセラーを記録し、日本におけるドゥーワップブームの火付け役となりました。その後も「街角トワイライト」などのヒット曲を次々とリリースし、一躍トップアーティストの仲間入りを果たします。
しかし、メンバーの不祥事が相次ぎ、1982年には「CHANELS」から「SHANELS」にスペルを変更。その後もシャネル側からのクレームが続き、1983年にバンド名を「ラッツ&スター」に改めました。

ラッツ&スターとしての活動
1983年の改名後、ラッツ&スターとしての最初のヒット曲「め組のひと」が80万枚の売り上げを記録。バンド名には「RATS(ドブネズミ)とSTAR(スター)」という意味が込められており、下町の青年たちがスターになるという夢が反映されています。
1985年にはメンバーの合同結婚式が話題となりましたが、その後、グループは活動を縮小。鈴木雅之がソロアーティストとして独立し、他のメンバーもそれぞれの道を歩み始めます。
一時的な復活とその後
1996年、ネズミ年にちなんで期間限定で再結集し、大瀧詠一プロデュースの「夢で逢えたら」をリリース。NHK紅白歌合戦にも出場し、ファンを喜ばせました。しかし、2000年代に入ると再結成の話も立ち消えとなり、現在に至るまで正式な活動再開はありません。

まとめ
ラッツ&スターは、日本にドゥーワップとソウルミュージックを広めた伝説的なグループです。黒塗りのスタイルは賛否両論ありましたが、彼らの音楽そのものは今もなお多くの人に愛されています。鈴木雅之はソロとして活躍し続け、佐藤善雄は音楽プロデューサーとしても成功。ラッツ&スターの音楽は、今後も語り継がれていくことでしょう。

