1980年代のロックバンド「SALLY」──結成から解散、そして再結成まで

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1980年代、日本の音楽シーンに登場したロックバンド「SALLY(サリィ)」。短い活動期間ながら、ヒット曲「バージンブルー」を生み出し、多くの音楽ファンの記憶に刻まれました。本記事では、SALLYの結成から解散、そして2024年の再結成までを振り返ります。

SALLYとは?

SALLYは1984年にメジャーデビューした日本のロックバンドです。ポップでキャッチーな楽曲と、チェッカーズを彷彿とさせるビジュアルで注目を集めました。

• 出身地:東京都

• ジャンル:ロック、ポップス

• 活動期間:1984年~1986年

• 所属レーベル:フィリップス・レコード

• プロデューサー:山田パンダ

メンバー

• 杉山洋介(ボーカル・ギター)

• 加藤喜一(ボーカル・ギター)

• 中野真(ベース)

• 岡田尚(サックス・キーボード)

• 箱崎昇(サックス)

• 中屋全次郎(ドラム)

※元メンバー:佐藤公彦(サックス)

デビュー前の軌跡

SALLYの原点は1981年、法政一高の文化祭で結成されたバンドでした。リーダーはベースの坂巻忠で、当初は学生バンドとして活動していました。

• 1982年:高校卒業後も、吉祥寺・曼荼羅など都内のライブハウスで演奏を続ける。

• 1983年9月:CBS・ソニーSDオーディションの東京大会に出場するも、全国大会には進めず。

• 1983年11月:「全国学生対抗ロックコンテスト」に出場し、サックスの佐藤公彦が優秀プレーヤー賞を受賞。しかし、バンドとしては落選。

• 1983年12月:吉祥寺・曼荼羅でのライブに音楽プロデューサーの山田パンダと、日本フォノグラムの井岸義典が来訪し、メジャーデビューの話が浮上。

メジャーデビューと成功への道

1984年、SALLYは山田パンダプロデュースのもと、フィリップス・レコードからデビューを果たします。

デビュー曲「バージンブルー」のヒット

• 1984年7月1日:「バージンブルー」でメジャーデビュー。

• CMタイアップ:杉本哲太が出演する「キリンレモン2101」のCMに起用され、スマッシュヒット。

• 楽曲制作秘話:「バージンブルー」は、当初予定されていた「愛しのマリア」に代わり、作曲家・鈴木キサブローの提案で誕生した曲だった。

また、SALLYはそのビジュアルや音楽性から「第二のチェッカーズ」とも呼ばれることがあり、メディアでも注目を集めました。

活動の終焉と解散へ

デビュー後、CM起用や音楽番組への出演で順調なスタートを切ったSALLY。しかし、バンドと事務所の方向性が合わず、デビューからわずか7か月後に独立。その後、メンバー間でも音楽性の違いが顕在化し、次第に亀裂が生まれました。

• 1985年12月:解散に向けた話し合いが行われる。

• 1986年3月25日:ラジオ番組「ナマいきSALLYは絶快調」にて正式に解散を発表。

• 1986年4月12日:ラストツアー『THE STAGE ’86』を開始。

• 1986年5月27日:渋谷公会堂でラストライブを開催し、解散。

短い活動期間ながら、多くのファンを魅了したSALLYの物語は一旦幕を閉じました。

解散後のメンバーの歩み

解散後、各メンバーはそれぞれの道を歩み始めました。

• 杉山洋介:音楽ユニット「paris match」を結成し、楽曲提供などを行う。現在はイタリアンレストランのオーナーとしても活動。

• 加藤喜一:ビートたけしのバックバンドでギターを務め、作曲家としても活躍。重病を患うも復帰し、現在も音楽活動を続ける。

• 佐藤公彦:福山雅治のバックバンドを経験し、現在は「MEN’S 5」のリードボーカルとして活動中。

2024年、38年ぶりの再結成!

2024年3月16日、NHK-BSの音楽番組『歌える!J-POP黄金のヒットパレード決定版!#11』に、SALLYのメンバーが集結。

• 38年ぶりの再結成となり、中屋全次郎を除く5人が出演。

• 代表曲「バージンブルー」を演奏し、往年のファンを歓喜させた。

時を経ても色あせないSALLYの楽曲。その音楽は今なお多くの人々に愛され続けています。

まとめ

SALLYは1980年代の日本の音楽シーンを彩ったバンドの一つでした。メジャーデビューからわずか2年で解散したものの、「バージンブルー」をはじめとする楽曲は今もファンに愛されています。そして、2024年の再結成は、多くの人にとって懐かしく、感動的な出来事でした。

今後もSALLYの音楽が、時代を超えて語り継がれていくことでしょう。

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