崎陽軒-シウマイ弁当-

この記事は約4分で読めます。

TikTok - Make Your Day

崎陽軒:横浜を代表する駅弁「シウマイ弁当」の歴史と魅力

横浜を訪れたことがある人なら、一度はその名を耳にしたことがあるであろう「崎陽軒(きようけん)」。1908年に創業されたこの駅弁メーカーは、特に「シウマイ弁当」で全国的に有名です。駅弁という限られたジャンルでありながら、崎陽軒のシウマイ弁当は地域に根ざし、今も愛され続けています。この記事では、崎陽軒の歴史やその人気の理由、そして地域密着型の経営方針について詳しく紹介していきます。

崎陽軒の歴史

崎陽軒の歴史は1908年、横浜でスタートしました。当時の崎陽軒は、横浜の玄関口として発展していた横浜駅周辺で弁当や飲食を提供する企業として成長していきました。そして、1928年に発売された「シウマイ」は、今や横浜の名物として定着しています。

シウマイは、日本では馴染みのある焼売(シュウマイ)のことで、中国料理の点心として知られている食べ物です。崎陽軒のシウマイは、冷めても美味しく食べられるように工夫されており、この特長が全国的な人気に繋がりました。そして、1954年に駅弁として発売された「シウマイ弁当」は、崎陽軒の代名詞となりました。

シウマイ弁当の誕生と進化

シウマイ弁当の誕生は、1954年に遡ります。当時、崎陽軒が横浜駅東口で運営していた食堂が火災により全焼し、その後新たな挑戦として駅弁に焦点を当てました。既に横浜名物となっていたシウマイを活かし、具材豊富な駅弁を提供することで、横浜を訪れる観光客やビジネス客に対する新たな価値を提供し始めました。

初代のシウマイ弁当には、シウマイのほかにぶりの照り焼きやエビフライ、筍煮などが含まれており、当時の価格は100円でした。弁当の内容は時代とともに少しずつ進化し、特に1974年のオイルショックを経てシウマイの個数が4個から5個に増えたことは、崎陽軒の柔軟な対応力を示しています。

シウマイ弁当の魅力

陽軒のシウマイ弁当は、シンプルでありながら奥深い魅力を持っています。その人気の理由には、以下のポイントが挙げられます。

• 冷めても美味しいシウマイ

崎陽軒のシウマイは、冷めてもその美味しさが変わらないように工夫されています。これは、駅弁として販売されるシウマイにとって大きな強みです。旅行中や移動中に食べる機会が多い駅弁ですが、冷めてしまっても美味しいままでいられる点が、長年にわたるファンの支持を得ている理由の一つです。

• バランスの取れたおかず

シウマイ弁当には、シウマイだけでなく、鶏の唐揚げや卵焼き、筍煮などバラエティ豊かなおかずが詰まっています。これにより、飽きのこない食体験が提供され、弁当一つで満足感を得られるようになっています。すべての具材が美味しいだけでなく、栄養バランスにも配慮されているため、誰もが楽しめる内容です。

• シンプルなパッケージと利便性

シウマイ弁当のパッケージはシンプルながらも、持ち運びやすさに優れています。駅弁として必要な要素を全て網羅しており、横浜駅や新幹線のホームで簡単に手に取ることができるのも、多くの人々に愛される理由の一つです。

シウマイ弁当の名前の由来

シウマイという名前の由来にはいくつかの説があります。代表的なものは以下の通りです。

1. 初代社長の訛り説

初代社長である野並茂吉が「シュウマイ」と発音する際に「シウマイ」と訛ってしまったことから、そのまま名前になったという説があります。この説が最も有力で、崎陽軒自身もこの説を公式に認めています。

2. 中国の発音に基づく説

シウマイは中国語で「焼売」と書きますが、その現地発音に近い形で「シウマイ」と名付けられたという説もあります。焼売は中国から日本に伝わった料理なので、この説にも一理あります。

3. 「うまい」を込めた説

後付けで「うまい」という意味を込めて名付けられたという説もありますが、崎陽軒の公式見解では、初代社長の訛りが由来とされています。

地域密着型の経営方針

崎陽軒のもう一つの大きな特徴は、「全国展開を目指さず、地域密着型で経営を行う」姿勢です。崎陽軒は全国チェーンではなく、横浜を中心にした地域に根ざした企業としての存在感を大切にしています。これにより、地域のブランド価値を高め、地元の人々にも愛され続けています。

現在、崎陽軒の売上は年間約258億円で、従業員数は2,027人を超えています。この規模にもかかわらず、あえて全国展開を行わず、地元に根付いた企業としてのアイデンティティを守り続けている点が、他の企業とは一線を画しています。

まとめ

崎陽軒のシウマイ弁当は、シンプルでありながら深い歴史と魅力を持つ駅弁です。冷めても美味しいシウマイやバラエティに富んだおかず、そして地域に根ざした経営方針が、多くの人々に愛され続ける理由です。崎陽軒は、横浜という土地と密接に結びついたブランドであり、これからもその独自の魅力を発信し続けることでしょう。